勢至菩薩(せいしぼさつ)、智慧の光で迷いを照らす、阿弥陀三尊の菩薩
お寺の本堂で、中央の阿弥陀如来(あみだにょらい)の左右に、静かに並ぶ二人の菩薩。向かって右が観音菩薩(かんのんぼさつ)、そして、左に立つのが、勢至菩薩(せいしぼさつ)です。観音菩薩ほど、名前を知られていないかもしれませんが、実は、阿弥陀如来の智慧(ちえ)を代表する、大切な存在です。
お寺の本堂で、中央の阿弥陀如来(あみだにょらい)の左右に、静かに並ぶ二人の菩薩。向かって右が観音菩薩(かんのんぼさつ)、そして、左に立つのが、勢至菩薩(せいしぼさつ)です。観音菩薩ほど、名前を知られていないかもしれませんが、実は、阿弥陀如来の智慧(ちえ)を代表する、大切な存在です。
琵琶(びわ)を奏でる、美しい女神さま。七福神の中で、ただひとりの女性の神さまとして、知られる弁財天(べんざいてん)は、音楽や芸能の上達を願う人、お金や福を願う人の、両方から、深く信仰されてきました。江の島(えのしま)や宮島(みやじま)を、思い浮かべる方も、多いでしょう。
勝負の前に、手を合わせたい。大切な人や自分を、危険から守りたい。そんな時に、名前が挙がる仏さまがいます。摩利支天(まりしてん)です。三つの顔と六本の腕を持ち、猪(いのしし)に乗って駆ける、勇ましい姿は、一度見たら忘れられません。
道ばたの小さなお堂に、赤い前かけをつけて、ひっそりと立っているお地蔵さん。通学路の途中や、街角、お寺の入り口で、私たちは何気なく、その前を通りすぎています。「お地蔵さん」という名前で、これほど身近に親しまれている仏さまは、ほかにいません。
「仏さま」と聞いて、多くの人が、最初に思い浮かべる存在。それが、釈迦如来(しゃかにょらい)かもしれません。仏教のはじまりとなった人物で、歴史上、実際に生きていた、と考えられています。奈良や京都の名だたるお寺に、その像が祀られているだけでなく、「お釈迦さま」という愛称で、日本人の暮らしに、深く溶け込んでいます。
満月の夜、空いっぱいに広がる星を見上げた時、「この広さの中に、自分の悩みなんて、ほんの小さなものだ」と感じたことはないでしょうか。虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)は、そんな、果てしなく広い空のような、智慧(ちえ)と福を蓄えた仏さまです。
「観音さま」。仏さまの中でも、これほど親しみを込めて呼ばれる方は、そう多くありません。お寺の名前や、地名、街の小さなお堂にも、「観音」の名前は、数えきれないほどあります。困った時に、そっと寄り添ってくれる、やさしい存在として、長く愛されてきました。
「三人寄れば、文殊の知恵」。この言葉は、多くの人が、一度は耳にしたことがあるでしょう。この「文殊」は、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)のことです。試験や勉強の前に、「学業成就(がくぎょうじょうじゅ)」を願って、手を合わせる人も多い、智慧(ちえ)の仏さまです。
白い象の背に、蓮(はす)の花を咲かせて座る、やさしい表情の菩薩さま。普賢菩薩(ふげんぼさつ)は、絵画や仏像の中でも、とくに華やかで、美しい姿で描かれてきました。平安時代の女性たちが、深く信仰した仏さまとしても知られています。
頬にそっと指を当て、少しだけ首をかしげて、静かにほほえむ。京都・広隆寺(こうりゅうじ)の弥勒菩薩像は、その穏やかな表情から、「日本一美しい仏像」と評されることもあります。教科書や、美術の資料で見たことがある方も、多いでしょう。